北朝鮮内部の変革者の証言録(2)

北朝鮮内部の変革者の証言録(2)

不平等社会の開始とその合理化の欺瞞性

今回は『月刊朝鮮』2019年12月号連載第6回目からの重点翻訳紹介です。

 

一、平等と自由(北と南の理念の違い)

 

最氏語る、「北朝鮮が自国の人々に、自国の制度が南よりよいということを、どのように教育するか。金日成時代には“北の全ての人民が皆等しくよく生活できる社会であり、南朝鮮は生産手段を所有するお金のある権勢ある者たちのための制度であるため、我々の方がよい”と説明した。その時にはそれを裏付ける社会的条件があった。先ず全ての人が地位の高下に関係なく、自分の居住地にある食糧配給所で食糧を受け取り、またあらゆる生活用品と食品などを居住地の商店などで、国家の指定する価格で買った。上は内閣と中央党の組織員から、下は炭鉱や建設作業所の労働者に至るまで、ひと月に一人の人が受ける食糧の量は同じで、月給も等しかったが、このような社会では、社会のあらゆる階層の人々が平等であるほかなかった。むしろ重労働部分の労働者の月収は、幹部階層の事務員よりも高い場合が多かった。この時は自国の制度のよさを宣伝するのは容易で、また階層別の人々に別々に嘘をつく必要もなかった。
この時には北朝鮮は“平等を味わいたければ北に来い”と宣伝し、南朝鮮は(自分の制度は平等だということはできないので)、“南は自由が保障される社会で、誰も熱心に努力し、また能力と才能を発揮すれば金持ちになることが出来るから、自由を享受したいなら南に来なさい”と宣伝した。南朝鮮のこの宣伝は50年前であれ、今であれ、一貫して同じ言葉を反復しているのに比して、北朝鮮は時代に連れて宣伝も変わってきている。
ここでは互いに自分のものがよいという骨子が、一つは平等がよいというものであり、一つは自由があるからよいというものだ。北朝鮮は、人は全ての人の能力と才能や、熱心に仕事をしようとする勤労精神が、互いに異なるために、自由を与えれば少しずつ人々の能力の差異によって、貧富の格差が生じるために、この不平等をなくそうとすれば、国家権力の力で平等にしなければならぬと主張し、即ちプロレタリア独裁が存在しなければならず、そのために平等であろうとすれば、自由であるわけにはいかないと主張した。繰り返せば、自由であろうとすれば不平等になるという宣伝だ。」

 

二、不平等社会の開始――金正日時代から――

 

「変化の始まりは、金正日が“蒼光通り”という中央党勤務員だけが別に集まって住むアパート団地を建設することで始まった。勿論ここには見せかけとして一、二棟のアパートは体育人だけに与えられたが、大部分は中央党アパートであった。党中央の人間だけを集めて、食糧供給所も別途に作り、副食物の供給も特別に生産を始めた。これを手本として、省中央機関、武力部の本庁舎成員たちと、特殊機関成員たち、彼ら全部の住宅団地を各々別に建て、食糧および物資供給所を別々に持って、自分たちだけ特によく食べ、よく生活できることを始めた。結局不平等の社会になってしまったのである。
元々、北朝鮮は大部分山林であり、田んぼは余りなく、全ての北の住民は白米を食べるのが難しい。山が多いから、畜産業をすれば、肉は食べることが出来るであろうが・・・。よく食べるとしても、5対5の雑穀飯で、平等の時代の時は、全て北の住民たちは地位の高下に区別なく、雑穀を食べた。しかし、今は白米を食べる階層とトウモロコシ飯を食べなければならぬ階層が区別される社会となった。
平等のために存在した、搾取制度の芽が育たないように制圧するために存在したプロレタリアの独裁も、今は権力階層の利益を守り、勤労人民大衆を抑圧する不正義の武器として自己の階級的な性格が変わったと見ることが出来る。
ここまで来ると、北半部の人民たちが、平等の代わりに自由を選択して、南の側に心が傾くようになる筈なのに、なぜ未(いま)だに自分たちの利益よりは、いくらもない特権階層だけのための体制を守るのか、自分たちが守る体制が自分たちの飢えと無権利搾取だけを持続させるのに、なぜ自分たちの苦痛の時代を継続持続しようとするのかという疑問点が湧いてくる。それは北朝鮮の宣伝当局がこのような社会を支持して従うように、北の住民たちを「教養」(注:洗脳)するためである。以下、北朝鮮の宣伝当局が各階層別の人々に何をいっているのかを取り上げてみる。」 その前提として差別のできてしまった今の北朝鮮の階層を4つに分けてみる必要がある。

 

三、4つの階層分類

 

「金日成の時代には、我が国が全ての人が平等に生活するだけでなく、世界で一番よく生活できる国であると宣伝した。外部情報が遮断された北朝鮮の人民は、比較することが出来ない状況で、その言葉をそのまま信じた。
ところで金正日の時代に入るや、1995年以降北朝鮮では苦難の行軍ということが始まり、多くの餓死者が発生したので、もはやこの世界で一番いい国、平等な社会だと教えることが難しくなったと判断した北朝鮮の党宣伝部は、北朝鮮の住民たちを一定の部類に分けて、正直に語らなければならない階層には正直に打ち明け、またうまく言いくるめて切り抜けなければならない階層には、嘘の約束をする式に、全体として今の体制に従うように、教養事業と宣伝事業の戦術を変えた。
北朝鮮の住民階層は、大きく4つの階層に分類することができる。
〈第一部類〉 金氏王族家門と最高位の官僚たち
中央党の秘書、部長、副部長以上の級(クラス)。内閣の総理、副総理、省の党秘書以上の級、各級の指導局長、指導局責任秘書。軍隊と特殊機関の中将以上の級の将領たち。各道・市・郡の党委員会の責任秘書、組織秘書、宣伝秘書以上の級。
〈第二部類〉 中間の高位官僚たち
内閣の部長・副相、中央党の課長以上の級。二級企業所以上の支配人、党秘書。軍隊と特殊機関の大佐(大領)以上の級。各道・市・郡党委員会の部長、副部長以上の級。
〈第三部類〉 末端の公務員、党機関の一般指導員、軍隊特殊機関の軍官、高級科学者・教育者
国家機関の一般公務員、党機関の一般指導員、軍隊と特殊機関の中佐(中領)以下の軍官、国家機関の科学者、大学以上の教育機関に勤務する教育者。
〈第四部類〉 それ以外の全ての人々。闇市場で生活する人々

 

四、第二部類の階層(主に党の組織員たち)に対する教育

 

「宣伝事業の基本は、何の自由も、大義名分として打ち出した平等もない国家の体制を、どう言えば自分たちが生きていかねばならぬ生活の拠り所として教えられるかにある。不平等と独裁だけが残る条件下では、第四部類階層には貧困と餓死をもたらしたが、第一、第二部類の階層には、豪華さと富、贅沢と特権をもたらしたので、この二つの階層は金日成時代よりは金正日時代の方がよりよく、教養作業や説得は必要ない。ここでも基本は第一部類の高位特権階層にあって彼らの責務は、第二部類の階層に対して、現在の金正日独裁政治が人民たちには少し苦痛ではあるだろうが、特権層が生きるには金日成時代よりはいいのではないかという式に、正直に語るのである。次のような事例がある。1997年中央党で武力機関と社会の党組織員たち、政治組織員たちの講習を組織した場で、中央党扇動宣伝部の課長が次のように語ったという。実際にあったことである。
“ここには全て党組織員たちだけが集まっている。あなたたちに一つ質問がある。我々が社会主義制度を守ることが出来ず、我々の体制が転覆したとしよう。南朝鮮のような資本主義になったとしよう。そうなったら同志たちのような党の活動家は皆職業を失うことになるので、そうなったらどんな職業を持つことができると考えるか。「私は党の組織員でなくても別な職業で自信をもって生きていける」という人は、手を挙げてください。また、「我々の単位で党の秘書は私でなく別な人はできない」と考える人がいたら、挙手してください。また「党の秘書を解任され、別の技師や設計者、教員を命じられても、自信をもってやっていける」という人は手を挙げてください。苦難の行軍時に党の秘書が餓死したのを見た人がいたら、挙手してください。「乗用車がなくても私は毎日歩いて通います」という人がいたら、挙手してください。「私は党の秘書であるが、家がなくても他人の家で同居生活します」という人がいたら、手を挙げてください。
御覧なさい。一人もいません。党の秘書や政治組織員は科学者とか技術者、研究員、大学の教員の様に特別な能力や実力があってすることではなく、皆さんは皆秘書を止めれば、直ちに食べて生きる対策もなくなった失業者となってしまう。
我々が万一社会主義を守ることが出来ず、我々の体制が転覆や改革開放の道に進み、南朝鮮のような資本主義社会が到来としたら、先ず一番に飢えて死ぬ対象はあなたたちです。“
このように第一部類に属する高位特権階層は、第二部類に属する特権階層に、万一南朝鮮の自由民主主義の体制による朝鮮半島の統一という環境が到来したら、自分たちの特権的地位を享受できる環境がなくなり、また第三部類や最下層の第四部類に属する人たちの心は改革と開放、変化の側に傾きやすいから阻止しなければならない、苦難の行軍という苦難は第三部類や第四部類に該当する人民に限られることであって、自分たちに該当しないものだと、正直に打ち明けることで、独裁と不平等だけが残る北朝鮮の体制を変わりなく受け入れるよう教育するのである。」

 

五、第三部類の階層(統制階層)に対する教育

 

「第三部類階層の基本構成員は、主に軍人と司法警察、保衛・保安に従事する下級軍官たちや下級公務員たちである。彼らには特権的な地位は保障されていないが、食糧供給といろいろな生活保障の恵沢がまかなわれており、またうまくやれば、第一部類の階層には属することはできないが、第二部類の階層には昇ることの出来る希望のある対象者とみればよい。
彼らには国の現実には関わらず、社会主義の守護者であり、運命であられる将軍様を死をかけて擁護しなければならぬと宣伝する。なぜなら、万一南朝鮮の自由民主主義による統一が到来すれば、主として政権維持に従事してきた第三部類の階層は、清算されるか、処刑されるために、自分の命を守るためにも独裁体制を守るのである。第一部類と第二部類は、主に独裁体制に変わった北朝鮮の社会主義で指導階層に属すれば、第三部類は、北朝鮮の社会主義体制で統制の機能を遂行する統制階層に属するためである。
事実この第三部類階層は、北朝鮮が南朝鮮の自由民主主義によって統一される場合、第一部類、第二部類とはちがって、自分の境遇が不利になるばかりではなく、不利になることもあり、有利になることもある。そのために北朝鮮の独裁者も、第三部類階層に対する教養(教育)事業に大変神経を使っていて、万一彼らが動揺すれば、必ず全体的な波動の始発点になるので、そうなのだ。」

 

六、第四部類階層への教養(教育)事業―米軍による皆殺しを主張―

 

「最後に北朝鮮の最下層に属する第四部類の階層への教養事業である。彼らの境遇は南朝鮮による統一によって改善される。彼らは国家から何の恵沢も受けていないばかりでなく、彼らの生産活動の創造物は彼らの取り分とはならず、第一から第三部類の生活を保障するのに全部回されるために、極端な貧困に苦しんでいる。彼らは統制と制限の中で、無報酬労働以外に追加として進めている市場活動で辛うじて生きているため、市場活動の自由と労働に対する報酬が法的に保障されている自由民主主義の体制こそ彼らが今の北朝鮮の状況で望み望んでいる環境である。
そのため彼らに対する教養事業は第一、第二、第三部類に対するのと違わなければならない。考え出したことは、南朝鮮による統一が実現したら、彼らは皆無残にも殺されると宣伝することである。ここに彼らを納得させるだけのそのような論拠がある。
6.25戦争当時、米国は北朝鮮地域で無差別な砲撃を浴びせ、多くの民間人を殺害した。米国の民間地域に対する砲撃は、相手側の戦争遂行能力をなくす目的を越え、北朝鮮の人々を一人でも多く殺そうとする意図として理解することのできる程の攻撃であった。万一米軍が今のような精密砲撃能力を6.25戦争当時も持っていたら、たぶん北の住民たちは大部分消滅したであろう。」

〈都希侖氏のコメント〉
「北の弟(北の内部の証言者、最氏のこと)と北朝鮮の変化に対する対話をする時一番困惑し、熾烈に論争まで進んだのは、この部分であった。事実あらゆる目標と方向、未来に対するビジョンなど大部分が一致した意見を持ちながら、唯一つ米国に対する反感だけは、これほどの認識の差異が存在するのか、知ることが出来た。」
最氏語る、「今国連の舞台で米国が北朝鮮の政権の人権蹂躙行為に対して騒いでも、北朝鮮の人々は別に反応しない理由がここにある。
言うならば、米国が言う言葉は間違っているところはないが、米国の口が騒ぎ立てる声は聴くのは嫌だということである。米国は北朝鮮住民を全て殺そうと考えた国であるが、北朝鮮の独裁政治は収容所を運営しても北朝鮮の人全てを収容所に送ることはなく、全ての人を飢えで殺すこともしない。だから別な国が北朝鮮の政権の収容所の実態や餓死に対して語れば共感し、我々の境遇に同情して助けてくれるのだなあと言って共感することが出来るが、米国は北朝鮮の餓死や収容所に対して物を言う資格があるかどうかということだ。
一言で、北朝鮮の住民たちの反米感情は、北朝鮮の宣伝に依らなくても大変高い。ここに北朝鮮が宣伝に依って少しでもそれを煽ると、その効果はより大きくなる。
ところで、その自由民主主義が米国と一緒に立っていることだ。6.25戦争当時北朝鮮地域に南朝鮮の国軍と米軍が北上して、そこにいた時間は50日程度であるが、国軍による北の民間人虐殺は記録されたものがなく、北朝鮮の宣伝当局もない事実を作り出すことはできない。
南朝鮮の自由民主義による統一時に、南朝鮮が米軍と軍事的に同盟関係にあることで、北の地域に米軍が入ってくるだろうし、そうなると、北の住民を一名でも生かしておかないと(北朝鮮当局が)宣伝することによって、北朝鮮の社会主義は好きでも嫌いでも守らねば、そうでないと無残にも死を迎えることになると、第四部類の階層の人々を教養している。
我々がこの場で駐韓米軍の問題に対して語ったとしても、米軍が朝鮮半島から撤収することはないが、北朝鮮の独裁体制が政権を維持するのに、米国が大きく助けていることになる。また大韓民国は北朝鮮人民の憎悪の対象である米国との軍事的共助のために、自由民主主義のイメージが大きく損傷されているのである。
金正日時代に入っては、この感情をよく活用して、今まで不平等と独裁だけが残っている自分の国の体制を維持して、自由が保障されたという南朝鮮に傾くことのできる民心を自分がわしづかみにして自分の独裁体制を今まで守ってきたのである。
南朝鮮が米国の軍事力に依存せず、単独で北の軍事力を制圧した状態で北の住民に自由民主主義をよく納得させることが出来たなら、統一の日が早く来るのではないかという考えが湧くのは事実である。そうではなく、住民たちの感情を無視して米国との軍事的共助で朝鮮半島の平和を維持した状態で自由民主主義の統一を実現しようと試図したら、北朝鮮のあらゆる階層の住民たちはたぶん継続して金氏王朝に従うだろう。私の見解は以上である。」

〈以上を翻訳紹介した小川の感想〉
以上の最氏の指摘の中で私が一番教えられたことは、金日成は1994年7月に亡くなって、金正日の時代になるや、1995年から北は苦難の行軍の時代に入るが、その時に北朝鮮は不平等な社会に入ったという指摘である。その具体的な指摘が強烈であった。平壌の銀座通りまたは鍾路とも呼ばれる蒼光(チャングアン)通りに党中央の職員たちの団地が作られていき、それが手本となって各省庁の職員たちの団地がその周りに作られていったという指摘である。北朝鮮のなかで平壌は特別な都市で、地方の住民は平壌に自由に行くことが出来ないことは、よく聞かされていたが、平壌と地方の不平等の格差が蒼光通りから始まったことを今回初めて教えられた。つぎに北朝鮮は差別・格差社会であることは「51成分分類」によることは、痛ましい現実として認識していたが、最氏は住民階層を4分類することを、この証言で教えてくれた。この4分類はとても分かりやすい。特に第三部類階層が統制階層と説明されていることに注目しよう。軍人、国家保衛省の保衛官や人民保安省の警察官たち、即ち金氏一族の独裁体制を支えている統制活動をしている階層が第三部類である。高級科学者や教育者もここに属すると言うが。第四部類階層が人口の60%を占める民衆で、この階層は政府から何の恩恵も受けていない階層であるという指摘。成分分類と共に、この4分類を今後よく生かしていこう。今一つ、都希侖氏も納得できないとコメントしていたが、朝鮮戦争の時アメリカ軍が北朝鮮の人たちを一人もこらず殺そうとしたという最氏の米軍理解には、私も違和感を覚えた。ただ米軍の空爆した回数(80万回)、落とした爆弾の総重量(60万トン)、また一般市民の死者北朝鮮は250万(韓国は133万)をネットで知ると、最氏の指摘もうなずけるように今はなっている(本稿、文責小川 晴久、2020年6月19日末尾追記)。